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01_5 歓送迎会 樹side

last update Last Updated: 2025-05-03 04:54:09

ちょっと飲みすぎたかなと思いながら、電車に揺られる。主賓だったけど二次会はパスした。先輩にどやされすぎて疲れたし。

ぼんやり視線を這わせた先に、見覚えのある人が立っていた。

姫乃さんだ。

同じ電車だったのか。

姫乃さんは外の景色を見ながら、時々小さくため息を付いている。

何なんだろうか。

飲み会の時の困った顔が思い浮かんだ。

電車がぐっと揺れる。

ゴチっと鈍い音と、「いたっ!」という可愛い声が聞こえた。

おいおい、頭ぶつけてないか?

「大丈夫ですか?」

思わず近づいていた。

何かこの人、心配になる。

「……だいじょうぶ」

顔を真っ赤にしながら、涙目になっている。

それ、大丈夫くないだろ。

「お、同じ電車だったんだね」

「姫乃さんどんくさいですね。飲み会中、なんか無理してる感ありましたけど、悩み事でもあるんですか?」

せっかくだし、と思って聞いてみた。軽い気持ちだったんだけど。

姫乃さんは目を見開いた。けどすぐにヘラっと笑う。

「えっ? いや? ないよ。大丈夫。ちょっと飲み過ぎたのかなー? えへへ」

いや、飲んでないだろ。飲んだら大変なことになるって、自分で言ってたじゃないか。

「じゃあ彼氏に迎えに来てもらえばいいじゃないですか?」

「えっ、うん、そうかな? そうだよね? でも忙しいかも?」

あからさまにしどろもどろ。

姫乃さん、目が泳いでるんですけど。

駅に到着するアナウンスに、「私駅ここだから、じゃあね」と俺に背を向ける。

これって照れているわけじゃないよな。

彼氏、本当にいるのだろうか。

そんな疑問を抱えつつ、「俺もここです」と隣に並ぶ。

「えっ?」

めちゃくちゃ驚いた姫乃さんを尻目に、先に降りた。
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